手元に倍賞千恵子さんが日本の抒情歌を歌ったアルバム「倍賞千恵子/日本の詩をうたう」がある(といっても今はそれをデジタル化したものをパソコンで聴いている)。ずいぶん昔に発売されたアルバムで、シリーズ化もされている。私は日本の抒情歌や童謡のジャンルが好きで、そのうえ倍賞千恵子さんファンでもあるので、上記シリーズのうち何枚か(もちろんLP)を買った。いまでも比較的よく聴いている。
しかし、大好きな倍賞さんの歌でありながら、聴いているうちに毎回のように腹が立ってくるのである。何十年間ずっとである。聴いていてこんなに腹の立ってくるアルバムなんてそうざらにはない。血圧だって上がる(多分)。体に良くないアルバムなのである。
では何に腹を立てているのか。倍賞さんの歌唱ではもちろんない。倍賞さんの大ファンである私が彼女の歌唱に腹を立てるわけがない。じゃあ、何か? 編曲である。オーケストラアレンジがまったくひどいのである。
いちいち例を上げるのも面倒だが、いちばん気になるのがリズム。全体的にリズムを細かく刻みすぎてウルサイのである。そして楽器の使い方にしてもうまいとはいえない。例えば「若者たち」のドンドコドンドコうるさいだけの太鼓。なんだよこれ。もひとつ例を上げるなら「あざみの歌」のイントロ部分のフルート、小賢しい! 全体に余計な手を加えすぎている。アレンジは主役の歌を引き立てるのが役目のはずだが、まったく彼女の歌に合わない。主役の足を引っ張ってどうする。
彼女の伸びやかな美声の足を引っ張っているだけではない。ここに収められている日本の名曲たちをも台無しにしている。
このアレンジャー(あるいは制作スタッフも含めて)は、これらの日本の名曲をまったく理解していないのではないか、とさえ思えてくる。あるいはこのジャンルの音楽ファンが、どんな音楽を期待してこのレコードを買って帰るのか、という想像力に欠けている。
この「日本の詩をうたう」シリーズは、現在それをCD化した全集が出ている。私はLP時代に買いそびれたものもあるし、CD全集(CDではタイトルが「倍賞千恵子 抒情歌全集」となっている)を買いなおそうかと以前から思っているのだけれど、上記の“迷”アレンジのおかげで躊躇している。もしアレンジが素晴らしければ、何の迷いもなく全集を買い直しているだろう。
けなしてばかりでは何なので、いちおう安心して聴くことのできる楽曲もあるということを書き添えておく。例えば(手持ちの音源に限っていえば)「いのちの限り」「からたちの花」「岡崎地方の子守歌」など。でもこういうのは数えるほどしか無い。
少なくともこのシリーズに関していえば、歌手とアレンジャーの不幸な出会いだったと言うしか無い。
もっとも、これはずいぶん昔(30年以上前?)の録音なので致し方ない部分もある。当時は今と比べてある意味ずいぶんアバウトというか、何でもありの時代だったのかもしれない。
倍賞さんには、その美しいリリック・ソプラノが衰えないうちにすべての曲を新しいアレンジで吹き込み直して欲しいものである。あるいは歌とオケが別個に録音されているのなら、伴奏部分を新しく入れなおすなんてことも可能なのかしらん? そのあたりは専門家じゃないので、私はよくわからない。ともかくこのままでは、おそらく死ぬまで私は血圧を上げながら倍賞さんの歌を聴き続けることになるだろう。倍賞ファン、日本の抒情歌ファンのひとりとしては残念で仕方がない。